大連市旅順口区観光―中国雑感〔8〕―

昨年春に外国人に開放された、遼寧省大連市旅順口区を、2010年9月30日(木)に訪れました。卒業生のマイカーを利用して、9時半に出発して、午前・昼と東鶏冠山と203高地を、午後に白玉山と旅順博物館を巡り、17時過ぎに市内に戻りました。

最初に、訪れたのは、日露戦争の旅順要塞攻防戦で、ロシア軍正面要塞の一つとしてもっとも苦戦を強いられた東鶏冠山北堡塁です。ここはその北にある望台砲台を含み、東鶏冠山景区として入場料20元です。写真1は、203高地攻略後の最後の総攻撃で、第1次総攻撃開始(8月19日)以来122日目の1904(明治37)年12月18日、工兵による坑道掘削前進により堡塁遮蔽壕を爆破した、その爆破口跡です。これにより、同夜に北堡塁は陥落します。写真の奥に右に延びるのが遮蔽壕で、ここ攻める日本兵は銃眼からの機関銃掃射を浴びることになります。

写真2は、北堡塁の中核部の兵士宿舎内で、ここは厚いとコンクリトート・岩で防御されており、指揮部・電話室や台所なども完備されています。

写真3は、兵士に慕われていた東シベリア狙撃第7師団師団長コントラチェンコ少将が28cm榴弾砲の直撃により戦死した地点で、堡塁指揮部に当たります。日露戦後、日本軍により「露国コントラチェンコ少将戦死之所」碑が建てられました。写真がそれです。

駐車場から階段を170段ほど上ると、写真4の、北堡塁の北高地の望台砲台です。ここに写真にあるように、加濃砲(1899年製20cm砲)を設置し、眼下の日本軍を砲撃しました。写真でお分かりのように、日本軍は砲から一望の下でした。また、ここには陸軍大将一戸兵衛(旅順攻撃時、第9師団歩兵第6旅団旅団長・少将)書の「望台砲台」碑が建てられております。なお、18日の北堡塁陥落後、これに連接する要塞群(二竜山保塁・松樹山保塁)を次々と陥落させ、翌1905(明治28)年正月1日に虎頭山・望台砲台攻撃を開始し、ロシア軍に降伏を決意させ、5日の第3軍司令官乃木希典大将とロシア関東軍司令官ステッセル中将の水師営での降伏会見となるのです。

以上で、東鶏冠山景区を終わり、西へと二〇三景区(二〇三高地)に向かいます。本景区の山麓下には桜花園があり季節には桜祭りが行われます。本景区の入場料は30元です。山腹の駐車場で降り、登って行って、鞍部から右手に道を取ると、写真5の、第3軍司令官乃木希典大将書による高10.3mの「爾霊山」碑がそびえています。

そして、この日は晴天なので、この碑の建っているところから、写真6のように、旅順港は湾内から湾出口までと、湾内の軍艦は一望できるわけです。この高地を11月26日に開始された第3次攻撃で、12月4日、激闘の上で占領した日本軍は、さっそく砲兵観測隊を上げ、28cm榴弾砲で湾内のロシア軍艦を砲撃し、完全に息の根を止めます。これで、旅順攻略の第1目的のロシア海軍制圧を果たします。その重砲兵観測所は、碑から西に上った高地にあります。また、そこには28cm砲(レプリカ)が据えられています。

碑と観測所との中間点(鞍部)から南に下ると、ロシア軍の陣地跡が残っています。写真7がそれで、隔壁帯です。塹壕に補強工事を行い、コンクリート・岩で補強された胸壁を設けています。今回は行きませんでしたが、ここより下がり、さらに下の道に出たら、右へと歩くと、乃木希典次男の陸軍少尉安典戦死の地があります。以上で、旅順攻囲戦故地の観光は終わりです。現在では、この旅順市街を囲む山々は緑の木々で覆われていますが、当時は防備の為もあり、完全なはげ山で、急峻な斜面を登り、攻撃した日本軍の厳しき様が理解しえます。

市街で昼食後、前回(1998年8月)は外国人に非開放のため、行けなかった白玉山と旅順博物館を午後に訪れました。まずは白玉山景区です。入場料は38元です。駐車場で降りると前方に巨大な白玉山塔が建っており、入場料は10元ですが、上っても窓が小さいため視界は望めません。その先に行くと、景観台です。ここでは旅順港全景が俯瞰できます。この右手には山下からのリフト乗り場があります。写真8は、湾出口を中心に港を撮ったものです。手前の海岸線に沿って人民解放軍海軍基地があり、軍艦などが繋留されていますが、現在は旧型の小型艦しか見ませんでしたし、一部は公園化して市民に開放されています。本山は港と市街を一望でき、まさしくへそ的位置にあります。

最後の見学地が旅順博物館(入場料20元)で、本館と分館に分かれ、建物は旧日本時代のもので、本館は関東庁博物館で、現在、中国重点文物保護単位に指定されています。写真9が、その建物です。ここには見るべき展示物(青銅器・漆器・琺瑯・仏像など 別館は大連市歴史展示など)が収集されていますが、残念なことに閉館時間が16時(開館は8時)と早く、遅く着いたため、閉館時間が迫り、駆け足でざっと見るだけでした、

以上で、旅順観光を終え、大連市内へと、海岸沿いの南道を経由して帰りました。なお、フォトアルバム「大連市旅順口区」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpkcGXisqtvzr4uWowです。

(2010.10.04)

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kanazawa45 について

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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大連市旅順口区観光―中国雑感〔8〕― への1件のフィードバック

  1. 武石 宣夫 より:

    素晴らしいですね。 のりじいでした。

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