杭州・跨湖橋遺址(遺跡)博物館―中国雑感〔4〕―

午前中の良渚博物院につづき、午後(2009年10月17日)は跨湖橋遺址博物館に行きました。本遺跡上に建設された本館は、2009年9月28日、開館したばかりです。開館時間は9時~16時(月曜休館日)で、入場無料です。住所は杭州市粛山区湘湖路(風情大道)978号(粛山湘湖風景区内)で、杭州市中心から銭塘江をわたり南に位置しています。最寄りバス停は跨湖橋站です。市内からはK315路の延安路站始発で終点の粛紹路公文站で降り、K707・K716路に乗り継ぎ跨湖橋站で下車します。
跨湖橋遺跡は、約8000~7000年前の新石器時代のもので、長江文明を形成する最初期のものです。すなわち、良渚文化以前の長江文明で、まだ古代都市を形成するには至りませんが、河姆渡遺跡(浙江省寧波市余姚市河姆渡鎮)と並んで組織化した水稲農耕の遺跡です。1990年に初めて発掘がなされ、数次の発掘を経て、同時期の河姆渡文化とは異なる要素を有し、2004年に本遺跡は跨湖橋文化と命名され、2006年に中国重点文物保護単位に指定されました。本遺跡からは、世界最古とされる、独古舟(丸木舟)・漆弓・陶器回転製造技術・紡績技術の遺物が発掘されました。
写真1は、跨湖橋遺址(遺跡)博物館の建物全景です。風情大道から駐車場の北に橋を渡った奥にあります。外形はご覧の通り、舟形をしており、本遺跡発掘遺物の白眉である独木舟を模しています。1階が「展示庁」、地下が「遺址庁」となって、遺物展示(陶器・石器・木器・骨器・玉器など)と遺跡の保存公開をしています。
写真2は、遺址庁に保存されている「独木舟」全景です。ご覧のように、保護施設の中に入れられ保護公開されています。本舟は、長5.6m・最大幅53cm・舟体平均厚2~3cmで、馬尾松です。本庁は遺跡の主要部を保護公開しており、この中には発掘当時の様を再現(人形)展示しているところもあります。本庁は現在海抜-1.2~-0.9mと水面下に位置しており、本遺跡が放棄されたのは、7200年前に始まった海進のためです。
写真3の左の遺物は、「木質陶輪底座(輪盤的転軸)」、すなわち陶器製造用回転軸底部です。これは世界最古のものです。このような器具を用い回転台の上で、手で回転させながら陶器を制作していたことが理解できます。展示庁には、この前に独木舟の原寸大復元展示や骨器・陶器などがあります。また、パノラマ展示もあり、往事の生活を見せています。
写真4は、本遺跡で稲作農耕がなされていたことを証する、稲米の遺物です。この他、菱・団栗・桃・梅・李・オニバス・サネブトナツメ遺物が展示されており、往事の食生活の一端を示しています。この後、石器・木器の展示とつづきます。
写真5は、編織物です。すでに織物が製作されていたことが分かります。この後、紡輪・叉形器・定経杆などの紡績用器具の遺物があり、これら一連の紡績遺物は世界最古です。

(2009.10.24)

〔追記〕 フォトアルバム「杭州・跨湖橋遺址(遺跡)博物館」は、https://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpMwC2uGW9pF_Kv6Qgです。
(2011.09.23)
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kanazawa45 について

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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