中日“四川汶川大地震”災害修復与重建技術交流研討会―成都雑感〔68〕―

 5月31日(土)、西南交通大学鏡湖賓館多功能庁において、「中日“四川汶川大地震”災害修復与重建技術交流研討会(ワークショップ)」が行われました。9時過ぎに開会され、昼食を挟んで、予定時間を超え、1910分過ぎに閉会しました。日中から百名を超える参加者がありました。午前に6人・午後に10人と計16人の報告があり、日本側は5人・中国側11人でした。今回のワークショップは、本地震に伴い、日本で日本土木学会・建築学会・地震学会・地質学会など8学会合同の「四川汶川大地震復旧技術支援連絡会議」の先遣調査団として、5月28日~6月1日の予定で、地震被災地の各種調査のため成都入りした、団長早大教授浜田政則氏以下の調査団と中国側の関係研究機関の専門家との合同検討会として行われたものです。これは復旧作業に対するこれからの日本側の専門的支援の第一歩となるものです。

 会場のホテル前には、写真1の如く、本ワークショップ歓迎を示す掲示が出されました(右は本ホテルに調査団が宿泊しているので、その歓迎です)。

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 オープニングでは全員が1分間の黙祷をした後、大学・成都市の祝辞となり、写真2に見るように、調査団団長浜田氏の祝辞により、オープニングを終えました。

s-080531中日“四川地震”災害復旧ワークショップ 004

 成都市計画局の技師長厳春風氏の「成都市5.12震災後の復旧技術原則の研究」と題する報告で、ワークショップに入りました。写真3は、午前最後の報告で、東大地震研究所教授纐纈一起氏の「2008年四川地震の引き起こした強震」と題するものです。

s-080531中日“四川地震”災害復旧ワークショップ 008

 午後は、西南交通大学土木工程学院院長李喬教授の「橋梁構造地震災害分析と提案」と題する報告で始まりました。実は、西南交大はその前身である唐山工業専門学校(原山海関北洋鉄路官学堂)時代から、土木工学の先進校としての伝統があり、この関係からも日本の学会と繋がりがあり、今回の調査団の担当は当院がしています。写真4は、午後の途中休憩後、場所を移して2階より撮ったもので、成都市山地災害研究所研究員の何思明氏の「汶川の典型的地滑りの紹介」と題する報告で、見にくいでしょうが、スクリーンに地滑りの写真が写っているのがお分かりでしょうか。最後に、団長の浜田教授の総括的な締めの言葉で、本ワークショップを終えました。

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 以上、本ワークショップは、中国側は地震災害の現地調査結果の報告を主として、日本側は主として日本における震災復旧の実例を主として報告しました。日中双方への翻訳時間の関係もあり、報告で時間が手一杯となり、討議に至らなかったことは残念なことです。この意味で、焦点を絞った問題点とそれに関する報告で、討議時間が取れればよかったとも思っています。しかし、これほどの大地震ともなると問題点も多岐にわたり、わずか2日間の調査日時では、本ワークショップにこれを絞るのは酷かも知れません。いずれにしても、日中両国の専門家がどうどうしてかかる調査と検討会を開けたことは、今後の震災復旧にとって、よき道を開くものと思っています。

 (2008.05.31)

〔付記〕  西南交大は中華人民共和国建国以来の2度の大地震、1976年の唐山地震と今回の四川汶川大地震を経験した唯一の高等教育機関です。1986年創設の山海関北洋鉄路官学堂を出発点とする西南交大は、その後唐山に移転し、合併などの幾多の変遷はありましたが、1952年、唐山鉄道学院として独立します。この間一貫して基幹キャンパスは唐山です。そして、1972年、四川省の峨眉山麓に全キャンパスを移転し、現名称の西南交通大学となります。しかし、移転業務の完了を前に、唐山キャンパスが1976年の唐山地震に見舞われたのです。もちろん、これで壊滅的被害を受け犠牲者を出しました。今回の地震も、被害こそ軽微でしたが、やはり地震に見舞われたことに変りはありません。まさに、このような経験を持つ機関はほかにないと思います。それに、中国の土木工学(橋梁)の第一人者であった茅以升(19961989)は本校の卒業生であり教授でもありました。これらの歴史的環境を鑑みますと、本学が今回の地震における復興活動においてその力量を尽くせるものと信じます。(2008年6月1日)

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kanazawa45 について

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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中日“四川汶川大地震”災害修復与重建技術交流研討会―成都雑感〔68〕― への2件のフィードバック

  1. Unknown より:

    「成都の中年」です。貴大学の歴史を知り偶然とはいえ感慨深いものがありました。私が社会に出たのが1974年なんです。唐山地震はそのときだったのですね。そして中国に出てきて1年後にこの大地震に遭遇するとは。いずれにしても日本の経験を中国に伝え、また、中国の経験を日本が学びと、両国の交流が双方にとって地震災害軽減のための技術向上につながるはずと思います。期待したいです。

  2. 正大 より:

    成都の中年さん、こんばんは。たいへん失礼しました。唐山地震は1976年7月26日に発生しています。本文を訂正しておきました。さて、私も中国は長いですが、有感地震は初めてでした。歴史文献上、成都市の地震の記録がないので、四川省の地震の記録は承知していましたが、成都は地震がないところと思っていました。今回の地震で、震源地からの距離の割に、成都市の被害は軽微でしたが、昨日のワークショップで、日中双方の専門家は、中国の耐震基準の見直しを検討すべきとの、問題意識を持っていました。もちろん「オカラ工事」は許せませんが、これがなければ問題が解決するというわけではなさそうです。

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