武漢から戻る

4日(木)の厦門航空MF8447便で、武漢から成都に帰ってきました。
が、1時間ほど前に搭乗待合室に入った時、定刻(17時)出発と表示がありましたが、
その後、18時と遅延表示になり、結局、18時10分過ぎに出発となりました。
結果、部屋に戻れたのは21時を回っていました。
武漢は半袖のまだ夏状態でした。
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kanazawa45 について

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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武漢から戻る への3件のフィードバック

  1. より:

    こんにちは☆
    武漢は黄鶴楼のあるところですね。
    黄鶴楼は長江のすぐそばにあるのですか?
     
    それと、杜甫の詩で、「江は碧にして鳥は愈よ白く・・・。」とありますが、
    成都に行ったとき、緑色の川があったかどうか見るのを忘れたのですが、
    これはただ単に、色鮮やかに起句、承句を詠むための創作上の川でしょうか。
    変な質問ですみません。

  2. 正大 より:

    ジュピターさん、お尋ねですか。>黄鶴楼は長江のすぐそばにあるのですか?黄鶴楼はもともと長江の南岸の台地上にそびえ立ち、眼下が長江でした。長江大橋の建設にともなって、これがなくなりました。その後、1981年、旧地点より、南に200メートルあまり下がった地点に、清代のそれをモデルとしたコンクリトー造りの楼が再建されました。ですから、楼の最上階から長江と橋を一望できますが、真下に川の流れを見るというわけにはいかなくなりました。>成都に行ったとき、緑色の川があったかどうか見るのを忘れたのですが成都の中心の南寄りを西から東に清水河が流れています。この川も以前は汚染していましたが、整備がなされ、川岸には遊歩道も設けられ、茶館なども営業しています。杜甫草堂のすぐ南をこの川が流れています。それに、二環路の東から浣花渓という小流が分岐し、杜甫草堂の南面に沿うように流れ、清水河に合流します。ですから、杜甫は清水河の流れを目にしたはずです。もちろん唐代では清流であったに違いありません。

  3. より:

    黄鶴楼は、もとは長江のほとりにあったんですね。
    ありがとうございました。
    写真で見て、変だなと思っていたので。
    せっかく成都に行ったのに、清水河、もっとよく見てくればよかったです。
     

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