宝光寺―成都雑感〔47〕―

 

宝光寺は後漢創設と伝えられ、長江四大禅林の名刹です。成都市の北郊19kmの新都区に位置しています。約10haの敷地内に、1塔5殿16院(庭)があります。舎利宝塔、山門・天王殿・七仏殿・大雄宝殿・蔵経楼です。拝観は8時から17時半までとなっており、拝観料は5元です。

宝光寺は後漢創立と伝えられ、最初「大石寺」と称していました。史書の確実な記載の最初は唐代の713(開元元)年ですから、伝えはともかく、1300年あまりの歴史をもつ古刹です。しかし、唐末の黄巣の乱で、四川に逃れた僖宗が当寺を行宮として滞在し、この関係で寺と舎利塔を建て直し、881(中和元)年、寺名も「宝光寺」と改められました。宋代に最盛を迎えましたが、明滅亡の崇禎年間(1640~4年)の兵火で全山焼失し土台のみが残りました。清代の1670(康煕9)年に再建されて、その後、増改築がなされ現在の姿に到っています。

成都からの交通のことです。北門車(梁家巷)站~新都汽車中心(鐘楼)站の650路、鐘楼站~宝光寺站の8路と乗り継ぐことで、成都市内から宝光寺へ到達します。北門車站は一環路と解放路の交差点の北東角に位置します。ここで、650路に乗車します(二環路と解放路の交差点の高笋塘站からの乗車も出来ますが、始発で満席となり、乗客は新都区まで乗車しますから、立ちっぱなしとなり、お勧めできません)。運賃は3元で、乗車してから車掌に払います。終点の新都汽車中心站で降ります。約40分を要します。この站は蓉都大道(南北)と桂湖東路の交差点の南西角に位置します。

8路の鐘楼站は交差点を渡って、左(西)に桂湖東路に入ったところにあります。鐘楼~小花園~鎮政府~東環路~宝光寺と四つ目の宝光寺で下車(1元)すると、客運站前で、道(宝光大道)を進行方向(西)へ少し行くと右(北)に宝光広場が広がります。ここを進めば、300mほどで宝光寺です。実は、宝光寺へのバスは幾つかあるのですが、新都区のバス停表示は路線により異なり、またバス停自体に名前表示がないため分かりにくいので、間違いのない8路のみを記します。なお、徒歩で行く場合は、桂湖東路・桂湖中路と歩き、右(北)に新中路と折れて進み、東街・西街との食い違い交差点に出、左(西)に曲り、直ぐに右(北)に北街に道を取り進めば、宝光広場に到達します。中心站から寺まで歩いて30分は要します。

さて、以下に写真をお見せし(本記事登載以外に、フォトアルバム「成都(新都区)・宝光寺」を参照)、寺内を紹介していきます。まず、写真1は山門です。門の左側が入寺口です。現存の山門は清代後期の1835(道光15)年に建てられたもので、門内の両側左右に1体の密跡金剛力士像を捧持しています。

070709宝光寺 (1)

山門から進むと天王殿です。1863(同治2)年に再建された天王殿には、写真2に見るように、弥勒菩薩像と左右に四天王像を捧持しております。また、殿裏は1413(永楽11)年に創建され1863年に再建された尊勝幢で、このことから天王殿は尊勝宝殿とも呼ばれます。

070709宝光寺 (18)

天王殿を出て、前を見るとそびえ立つ舎利宝塔が目に入ります。写真3は宝塔を正面から撮ったものです。高30m・13層の煉瓦造の宝塔は、唐代の中和年間(881~5)創建で、四面に仏像が彫られていますが、時代を経て今ではご覧のようにしょうしょう傾いでいます。現存する寺内建築物の最古参が宝塔で、寺のシンボルともいえるものです。

070709宝光寺 (24)

宝塔の奧の建物が写真4の七仏殿です。1861(咸豊11)年に再建された七仏殿には釈迦無尼仏像とそれ以前の六仏像が安坐しており、殿裏には韋駄天菩薩像が捧持されています。

070709宝光寺 (32)

七仏殿を抜けると、寺内の中心、写真5の大雄宝殿が聳えます。1859(咸豊9)年に再建された宝殿は約700㎡で36本の石柱に支えられた建物で、殿内中央に釈迦無尼仏像が安坐しております。

070709宝光寺 (42)

寺内の最奥が写真6に見る蔵経楼です。楼は高30m・延面積約1000㎡で、1848(道光28)年の再建です。楼内には大蔵経336冊以下が納められています。楼の左右には東・西方丈が接しています。西方丈北側の西花園にチベット仏教ゲルク派の創始者ツォンカパ(1357~1419)を捧持した密壇があり、四川の仏教界とチベット仏教の関係が深いことが察せられます。

070709宝光寺 (46)

さて、楼前の右側に通路があり、ここを進むと1851(咸豊元)年創建の羅漢堂前に出ます。門をくぐると右が羅漢堂です。ここには557体(祖師59体・羅漢518体)の像が捧持されています。自然光の中でいろいろな表情をした羅漢像を目にすることが出来ます。この羅漢像は清代後期の作で、これだけの羅漢像を一同に見ることは他では望めず、圧巻といえるもので、寺内の目玉的存在といえます。写真7はこの羅漢像の一例です。ただし、この堂内のみが撮影禁止です。ですから、この写真はいわば盗み撮りしたものです。しかも、ストロボを使用しない(羅漢像保護からも当然)自然光だけですから、撮影条件は厳しいです。羅漢堂の奧には石彫舎利塔(1906年)と玉仏殿があり、玉仏殿には南北朝時代の梁代作とされる玉仏が安置されています。

070709宝光寺 (57)

羅漢堂を出ると、前に両側を赤壁に覆われた道があります。これを歩むと、舎利宝塔の横に出ます。写真8は舎利宝塔を背景にしてこの道を撮ったものです。この赤壁に覆われた道は四川によく見られるもので、成都市内の武侯祠や杜甫草堂にもあります。

070709宝光寺 (73)

以上のほかにも、寺内には茶園(茶館)があり、のんびりと休み茶(3~10元)を楽しめますし、精進料理レストランもあります。また、寺内西側には高僧塔林があり、当寺の高僧が眠っています。

最後にトイレですが、とかく中国のトイレは日本人に評判がよくありません。しかしながら、当寺のトイレは最新のもので一級の設備を整えてあります。西側のトイレの一端を説明すると、身障者用の個室トイレ設備(フォト「成都(新都区)・宝光寺」23枚中22番目写真参照)があり、また、一般の便器は中国式の跨座式ですが、TOTO製を用いており、もちろん個室鍵付で小さいながらも物置用の棚も設置され、ハード的には5星級のホテル並みです。この点、例えば、金沙遺址博物館南門脇の駐車場の公衆トイレもTOTO製を用いており、成都の観光地でのトイレ事情はハード的にはよいものとなっております。

(2007.0710)

 

〔追記〕 フォトアルバム「成都(新都区)・宝光寺」は、https://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngrNtdj6XjAWqfKPviwです。

(2011.09.30)

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kanazawa45 について

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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宝光寺―成都雑感〔47〕― への3件のフィードバック

  1. やすよ より:

    写真から伺うと素敵な所。赤い壁もいい感じですね。ここはまだ日本の観光客があまり訪れないのでしょうか?日本語の表記がないですね。トレイはTOTO が落札するのでしょうか?(笑)。凄く気になりますね。壊れにくいという質で選ばれているのなら凄いです。でも、シャングリラのTOTO一つさっそくセンサーが壊れていました。壊したのでしょうか?(笑)。

  2. xiong2_gongzi より:

    こんな名刹があるのですね。赤い壁の道は確かに武侯祠にもありました。赤い色が少し印象が違うようですが、天候条件の違いでしょうか。
    今週月曜日まで1週間、Live Spaceのユーザーの写真で私が撮影した武侯祠の赤壁の写真を紹介してくださいました。
    (xiong2)

  3. 正大 より:

    >やすよさん、入口の所にある総合案内板および各建物の説明版には中国語・英語・日本語の表記があります。実は各建物建築年代の記述はそれによりました。確かに参観客は成都市内と比べるとかなり少なく、団体客は見かけませんでした。もちろん、外国人らしい方も見かけませんでした。どんなにいい製品を据え付けても、メンテンスや補修は別でしょう。たとえ5星級のホテルでも。>xiong2さん、当日は晴れ模様で、壁の色は写真通りで、武侯祠などに比べると、確かに渋めです。

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