文殊坊―成都雑感〔31〕―

 

成都市の古刹として知られる文殊院の周辺は昨年より再開発がなされていました。その第1期工事の完成により、10月1日、生まれ変わった古街としてオープンしました(完成は2010年の予定)。青羊宮東の琴台路・武侯祠の錦里に次ぐものです。今回は少し遅くなりましたが、この古街「文殊坊」を紹介します。

文殊院歴史文化保護区(総計画面積約26ha)は東を北大街・草市街、南を白家塘街・通順橋街、西を人民中路三段、北を大安西路に囲まれたところです。そのほぼ西北部に位置する文殊院の東・南側に文殊坊が広がります。ここには老川西(四川省西部)建築が再現され、食事・民芸品・工芸品などの店や露店が並び、この実演も披露しますし、縁日も開催されます。それに麻雀・茶文化などのコーナーもあります。

写真1は人民中路から文殊院山門に通じる文殊院街に建てられた文殊坊の牌楼です。この地区の入口に当たります。文殊院街に入り、文殊院山門を過ぎて少し行くと、右(南)に西岳巷の道があります。この辺りには小吃の店が並んでいます。この道に入り歩くと、左(東)への道があります。これが民芸品の店が並んでいる南岳巷です。

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写真2は南岳巷の中央から西へと撮ったものです。この道を東へ歩くと東岳巷に突き当たります。その東には工芸品の店が並びます。道を左に取り、東岳巷を北に進むと、文殊院街から続く五岳宮街に突き当たります。東岳巷から右(東)に五岳宮街を少し進むと十字路に出ます。左(北)へ頭福街へと道をとって歩くと、丁字路に突き当たります。そこを右(東)に曲がると、「消え去る木造民家―成都雑感〔5〕―」(2005年6月11日付)で紹介した西珠市街です。

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西珠市街を進むと、写真3の観華青年旅舎(http://www.gogosc.com/house_jp.asp)が道路の左(北)にあります。大通りである北大街の手前です。ここはシンガポール人・日本人夫妻が2004年に始めたゲストハウスです。写真に見るように、旧来の民家を改造してゲストハウスにしたものです。宿泊費は15元(ドミトリー)から200元(ファミリータイプ・ツィン)となっています。なお、写真の入口左に見えるのが、併設されている旅行社のデスクで、チベット行きをはじめ各種のツァーや切符手配が出来ますし、ゲストハウスの日本語が分かる人が必要に応じ通訳をしてくれます。

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観華青年旅舎から道を戻り、頭福街を南に下ると、右(西)への道があります。これが老成都会館です。写真4は、これを通って、丁字路の手前で東へと老成都会館を撮ったものです。道左奥に老成都民居の門が見えており、これは成都の清代末・民国初の民家(府院建築)を再現したものです。家屋内部が公開されて、家具なども再現して往事の様子が分かるようにしています。また、写真奥の方にコンクリート建てのアパートが見えますが、これは頭福街の旧前からものです。注意してご覧になれば分かりますが、実はコンクリートの外壁の外に、この地区と景観をあわせるために同色の装飾が付けられました。ここはそのまま旧来からの住民が住んで生活しています。

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丁字路を左(南)に文殊院巷(右―西側に文殊院の赤の塀が続く)を歩くと、五岳宮街にぶつかります。ここから東へと五岳宮街を撮ったのが写真5です。ゴミ箱も木製で景観にとけ込むようにしていることがお分かりでしょう。また歩行者専用となっています。しかし写真のように自転車は規制されていません。これは文殊院街・五岳宮街が旧来から生活道路として活用されているためではないからかと思います。なお、五岳宮地下には駐車場が設置されて、老成都会館側から入れます。以上で、文殊坊は終わりです。

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ところで、文殊院(入場料5元)は唐代大業年間(605~17年)に創建されたと伝える成都でもっとも古い古刹です。明末に焼失破壊され、清代前期の1697(康煕36)年に再建され、その後増改築されて、現在の規模になったのは清後期の19世紀前期です。敷地面積は5.7ha強と広く、境内は都会の真ん中にもかかわらず静粛です。写真6は1991年に建立された高さ21mの鉄製の千仏和平塔です。名前の通り外壁に1000体の仏像がはめられています。

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写真7は中国の寺院の中心である大雄宝殿(金堂)です。殿内には釈迦牟尼仏が安置されています。

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写真8は山門を入った最初の建物、三大士殿に掲示してある文殊院案内図です。このように、境内には仏閣をはじめ、庭園や茶園(茶座)・精進料理レストランがあり、ゆったりと時間を過ごせます。茶は5元からです。麻雀好きの成都人ですが、ここでは麻雀をする人は見かけませんでした。これは机が狭いためかも知れません。なお、本院のトイレは大の方が中国式ですが、すべてTOTO製のを使用しており、もちろん個室でレベルの高いものです。この点からも、成都市が国際的な観光都市を目指していることがうかがえます。

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最後に文殊坊の最寄りのバス停は人民中路側が万福橋站(16・55・75・99路)で、北大街側が市政府政務中心〔草市街〕站(1・18・302・902路)です。

(2006.12.10)

追記  上記で紹介しました観華青年旅舎は、2007年12月、再開発に伴い、全面的に―一環路北四段211号―に移転し、「観華花園青年旅舎」となりました。詳しくは旅舎の上記のWebサイトをご覧ください。新旅舎は一環路北四段と三友路・馬鞍路との交差点の一環路(西)より50mのところです。旧旅舎から見ると、北東約1.5km余といった位置です。(2007年12月24日)

追記2 昨年5月1日にオープンした麻雀博物館(白雲寺 五岳宮街・頭福街の十字路東南角)は久しく開いていませんでしたが、本日見たところ開館していました。入場料は30元です。(2009年3月10日)

〔追記〕フォトアルバム「成都・観光(文殊坊・天府広場)」は、https://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpINAp2n8wxGOm7GBAです。

(2011.10.01)

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kanazawa45 について

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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文殊坊―成都雑感〔31〕― への7件のフィードバック

  1. PEIZHI より:

    はじめまして、Akiraの森です。
    歴史と中国さんのブログを拝見しました。
    自分の馴染みのある故郷でさえ、異郷人としての歴史と中国さんの目を通してみると、なんと新たに成都の美しさを発見した(笑)。

  2. 正大 より:

    Akiraの森さん、はじめまして。成都も12月に入り、ようやく冬の感になり、寒さがしみてきました。しかし、今日は朝から快晴で、午後の外は暖かく気持ちがよかったです。今年はよく日差しが臨めますから、犬は大変でしょうか。

  3. PEIZHI より:

    12月から年明けまでの成都はきっと寒いんですね~
    成都の冬の寒さは日本とは又違って、まさに骨にこたえるほどと思われます。
    愚痴の質問かもしれないが、正大さんはもう成都の生活に慣れていますか?

  4. 正大 より:

    Akiraの森さん、成都も2001年以来ですから、たいした問題はありません。それに、日本でと同様にパッチは使用していませんが、何でもありません。学生は驚きますが。

  5. 871 より:

    成都も毎年どんどん変わるので行くたびにびっくりしてしまいます。
    このYHはなんか感じがよさそうですね

  6. 正大 より:

    文殊坊はいわばテーマパーク的なのものです。麻雀・茶文化博物館は来正月開館予定です。ここで成都人の大好きな麻雀の実演をするかな。まあ、成都人が麻雀をする様を見るなら、西珠市街では普通にしていますから見られるでしょう。

  7. PEIZHI より:

    Akiraの森は日本ではパッチを使用しないが、地元の成都に帰ったら、さすがに寒さに耐えられず使用してしまった~
    「2001年以来ですから」、ということは正大さんの成都滞在歴がすでに5年目になっていますか?
    頭が下がります~

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