“九一八”―成都雑感〔8〕―

14時半、突如大学内外にサイレンが鳴り響きました。15時過ぎまで休止2回を挟み3度に渡って5分くらい継続して鳴りました。

今日は、旧暦の8月15日、仲秋節です。私も恒例の月餅を大学から頂戴しました。サイレンはそのためでしょうか。もちろん違います。

1931年9月18日は満州事変勃発の日で、これ以降、1945年8月15日に至るまで、日本が中国に武力侵略をなしたことは歴史的事実です。その日、関東軍高級参謀板垣征四郎大佐・作戦参謀石原莞爾中佐等は、夜10時過ぎ、奉天(現遼寧省瀋陽市)北郊の柳条胡で南満州鉄道を爆破し、これを張学良将軍の東北軍の仕業とする謀略により、戦争の火ぶたを切り、日本は東北3省(遼寧・吉林・黒竜江)を武力占領し、1932年3月1日、所謂満州帝国成立を宣言しました。この満鉄爆破の謀略は敗戦後も長く秘匿され、1951年9月のサンフランシスコ講和条約により日本が占領を終了させ独立した後、当事者の花谷正(満州事変時の関東軍奉天特務機関員・少佐)により真実が明らかにされました。すなわち、中国にとって、9月18日は恥辱の日なのです。また、その長い日本への抵抗の中から現在の中国が生まれたのですから、中国にとって決して忘れてはいけない日なのです。

そのサイレンは、そのためのものとして、鳴らされたものなのです。

中央電視台1頻道(中国中央テレビ総合チャンネル)での夜7時の晩間新聞(夜のニュース)においても、当然ながら74周年を迎えた“九一八”記念行事のニュースを5分以上放映し、各地でサイレンを鳴らしたことを伝えていました。

さりながら、校内を行き来する人々はサイレンが鳴っている時でもいつもと変わりがありません。私の宿舎(4階)の下の池のほとりのベンチでは相変わらず恋人同士が寄り添っていました。その意味では、普段と変わりはないのです。

なお、ここ成都では夕方から雲が出てき、残念なことに仲秋の明月は隠れてしまいました。

(2005.09.18)

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kanazawa45 について

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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