瀘定橋・海螺溝―四川雑感〔3〕―

2日から4日まで氷河で知られる海螺溝(甘孜蔵族自治州瀘定県)に中国人向けツァーに加わり行ってきました。そこでその写真を少しお見せします。

2日午後は、瀘定橋(甘孜蔵族自治州瀘定県城)に行きました。ここは中国共産党の長征における軍事上の記念碑的存在です。大渡河(長江の主要支流で四川盆地を流れる岷江に楽山市で合流)にかかる瀘定橋は清代の1705年に竣工し翌年に完成し、四川とチベットを結ぶ要点となりました。1935年5月29日、林彪指揮下の先鋒隊は橋桁がはずされ鉄鎖のみとなった瀘定橋を匍匐前進して、右岸(県城)に陣取る国民党軍を攻撃し、橋の奪取に成功します。瀘定橋だけがこの地域での渡河可能地点だったのです。これにより、毛沢東以下の中共中央の率いる長征中の紅軍第1方面軍主力は北への道を切り開くことに成功します。もしこの橋の奪取に時間を費やしていたら、紅軍主力は後ろ(南)より迫っていた国民党軍により大渡河に追い落とされて壊滅の憂き目を見たことでしょう。この意味で、橋の奪取は紅軍の生死をかけたものであり、長征中の英雄物語として語り継がれているものです。

写真1は、左岸側から撮った瀘定橋です。正面に見える橋の入口に国民党軍は機関銃座を構えて防備しました。写真は紅軍兵士の目線で橋をとらえてみました。

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写真2は、右岸下流側より橋全景をとらえたものです。大渡河の流れはきつく、とても泳げるものではないことがお分かりでしょう。

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3日は、チベット自治区・新彊ウイグル自治区の世界最高峰のヒマラヤ・カラコルム山脈の氷河と異なり、世界の中緯度で最低海抜の氷河がある海螺溝に行きました。残念なことに、この日は海螺溝のある磨西鎮一帯が朝より停電となったため、ロープウェーは運転休止となり、氷河全景と貢嘎(ミニヤコンガ)山主峰(7556m)を見ることができませんでした。貢嘎山は、1981年5月、日本の登山隊が遭難し、8名の死者を出した悲劇の山でもあります(なお、登山隊の一員である阿部幹雄氏の体験記が、『生と死のミニヤコンガ』2000年9月山と溪谷社、です)。以下の写真は、干河壩(三号営地)から右岸を徒歩で氷川景観台(1時間ほど。途中の氷裂縫までは上りで、ここより氷河へと下りになり、全体的に黄龍より厳しいと思います。なお、駕籠もあります。)までのものです。

写真3は、粒雪盆より見た、氷河の最下部の氷川舌・氷川城門洞です。ここの標高は約2900mで、世界で最も低い地にある氷河となっています。ただ、地球温暖化の影響で、次第に氷河も退行しているそうです。

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写真4は、氷裂縫から見た氷河下流部の全景です。ご覧のように、氷河両側の斜面は樹木で覆われて、この氷河の海抜がそれほどでもなく、世界最低海抜の氷河であることを示しています。後方に見える山は貢嘎山系の支峰で6635mあります。左に見える鉄柱がロープウェーのもので、氷河が右へと曲がり切って上がっていく左岸が終点で、そこからは貢嘎山主峰と最大の氷河海螺溝一号氷川全景が見られます。

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写真5は、徒歩終点の氷川景観台から、実際の氷河に足を入れて上り、氷河を撮ったものです。下に見える桃色のロープは、これより先が立入り禁止のためのものです。実際は、多くの人がこれを越えて前進し、記念写真に暇がありません。ただ、そこには警備員が一人いてそれ以上の前進を止めていました。この頃には雲が出てきて後方の山は雲に隠れました。

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写真6は、別の位置から氷川磨石面の中央を撮ったものです。こここでは先のロープを越えています。

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写真7は、逆に下流部を見下ろしたもので、氷河に削り取られたカール地形をよく示しています。ここへ来るまで、氷河上を200m余りは登ったと思います。岩と氷で注意深さが欠かせません。

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最後の写真8は、氷川景観台より見た氷川磨石面の右側です。

050703海螺溝 027

以上です。午後は温泉に回りましたが、私は入りませんでした。この地には多くの温泉があります。ただ、入浴のためには水着が必要です。野暮ったいのでよいのなら現地で売っています。温泉組と分かれて、磨西鎮に戻り、街を歩きました。一応古街の道一路が残されていますが、それほどのものではありません。なお、古街の横には、長征時以前からあった天主堂が今でもあり、その奥には毛沢東が長征中に滞在した建物が修理されて、磨西天主教堂毛沢東同志住地旧址として保存されています。

(2005.07.05)

 

〔追記〕 フォトアルバム「四川・大渡河と海螺溝等」は、https://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpIDk4sDyLI2tPFePwです。

(2011.10.01)

 

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kanazawa45 について

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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瀘定橋・海螺溝―四川雑感〔3〕― への2件のフィードバック

  1. あすか より:

    お写真クリックして拡大して見させていただきました。昨年の11月に成都に行った時には時間が無くて九寨溝をみることができませんでしたが無理をしてでも行っておくべきだったと今更ながらに後悔しています。他にも以前大学の漢詩の授業に出てきた峨眉山や地球の歩き方に世界一大きな石仏があると書いてある楽山にも行ってみたいです。

  2. 正大 より:

    あすかさん、残ですね。九寨溝・黄龍は一見の価値があります。四川は自然の観光名所が陝西に比して多数あり、廻り切れていません。それにチベットにも行かなければと思っています。来年か?

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