西南交通大学(その1)沿革―成都雑感〔1〕―

 私は現在西南交通大学に在職しております。そこで、本大学について、紹介したいと思います。最初は本大学の沿革です。

成都にある西南交通大学は、中国に4つある交通大学を冠する大学の1つです。これらの大学はかつては1つの大学でした。そこで、その歴史を振り返ることで、本大学の歩みを見たいと思います。

日清戦争に敗北した清国は、その年1885年秋、最初の近代的高等教育機関として天津に北洋西洋学学堂(現天津大学)を創立しました。次いで、翌1886 年、上海に南洋公学(後に交通部上海工業専門学校となります)を、河北省山海関に山海関北洋鉄路官学堂(その後1905年同省唐山に移転し、唐山工業専門学校となります)を創設しました。1909年、北京に鉄路管理伝習所が開設され、1917年に北京鉄路管理学校と北方郵電学校に分離されました。(なお、北京大学の前身の京師大学堂は、1898年の戊戌の変法で創立しました)

辛亥革命後、以上の4校が合併して、1921年、交通部(交通省)所属としての交通大学が生まれました。本部が北京に置かれ、交通大学北京学校・上海学校・唐山学校となりました。その後、1928年、本部が上海に移ると、所属が鉄道部(鉄道省)に変わりました。そして、上海は交通大学電機工程・機械工程・交通管理学院、北京は交通大学北平交通学院、唐山は交通大学土木工程学院となりました。

1937年の日中戦争勃発後は、それぞれの学院とも疎開や再編成を余儀なくさせられました。1945年の第2次世界大戦終了後、元のキャンパスに戻りました。

新中国成立後、高等教育機関の再編成の中で、それぞれの3分校は独立します。まず、1950年、北京と唐山とは合併し、北方交通大学北京管理学院・唐山工学院となります。1952年、両分校は独立して、北京鉄道学院(1970年北方交通大学、2003年北京交通大学と改名します)と唐山鉄道学院になります。他方、上海は交通大学となります。これは、1959年、西安交通大学、上海交通大学に分離独立されます。この唐山鉄道学院が、1972年、四川省峨眉山山麓に移転し、西南交通大学となりました。ここに4つの交通大学が出揃ったのです。

その後、1989年、西南交通大学は成都市に新キャンパスを開設し本部も移し、ここに成都本校と峨眉分校の2キャンパスになったのです。このため、毎朝夕に両キャンパスを結ぶ学園バスが運行されています。そして、本年9月の新学年から、市北近郊に新キャンパスが開設され、4年後には学部生は新キャンパス、院生は現市内キャンパスとなります。

以上の大陸の4つの交通大学の他に、1958年、旧中華民国時代の交通大学関係者により台湾に交通大学電子研究所が開設され、1967年、新竹交通大学となりました。したがって、中国には現在5つの交通大学があり、これら各校は辛亥革命後に成立した交通大学を共通の母校とする姉妹校なのです。

(続く)

(2004.12.14)

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kanazawa45 について

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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